ニュースの概要
スイスの時計メーカーTAG Heuerは、F1チームOracle Red Bull Racingとの提携が10周年を迎えたことを記念し、「Formula 1 Solargraph x Oracle Red Bull Racing」を発表した。ケースは直径38mmのスチール製で、表面はサンドブラスト(=細かい粒子を吹き付けるつや消し加工)で仕上げられている。中身は光で発電して動くSolargraphムーブメントで、満充電なら最大10か月動くとされる。電池交換という日常の手間を減らしつつ、チームの節目を飾る一本として位置づけた。価格は2,200ドル前後とみられ、ブランドの入門価格帯に収まる。
引用元: TAG Heuer、レッドブル・レーシング10周年記念の「Formula 1 Solargraph」を発表(Ground News)
分析・見解
太陽光で動く時計が記念モデルの主役になった
記念モデルといえば、貴金属や複雑な機構を載せた限定品が定番である。今回はその逆を行き、手の届きやすいソーラークォーツ(=光を電気に変えて動く時計)を選んだ。10年という節目の贈り物を、一部の収集家ではなくファン全体に向けたと読める。F1は世界で数億人が見る競技であり、時計に詳しくない人のほうがずっと多い。
光で動く仕組みは、F1が掲げる持続可能性の方針とも相性が良い。F1は2030年までの排出実質ゼロを目標にしている。電池を使い捨てない時計は、その姿勢を小さな製品で示せる。
38mmという小ぶりなサイズが映す好みの変化
近年の腕時計は、40mmを超える大型から38mm前後へ戻りつつある。古い時計の人気や、性別を問わず着けたいという需要が背景にある。モータースポーツ系の時計は大きく派手になりがちだが、38mmなら手首の細い人も無理なく着けられる。
サンドブラスト仕上げも実用的だ。光沢のある鏡面は小傷が目立つが、つや消しなら日々の傷や指紋が気にならない。サーキットの路面を思わせる質感は、世界観づくりにも役立つ。
最大10か月駆動は「充電しない贅沢」を売る
電池式のクォーツは、2〜3年ごとに電池交換が要る。店へ持ち込む手間があり、気づけば止まっていたという経験をした人も多いだろう。光発電なら、窓際や屋外で自然に充電され、この悩みが消える。最大10か月というのは、満充電後に暗所へ置いても止まらない期間の目安である。
光発電の時計自体は新しくない。シチズンのエコ・ドライブは1990年代から、カシオのタフソーラーも長年の定番だ。新しいのは、機械式で名を上げたスイスの高級ブランドが、その技術を看板商品の記念企画に据えた点にある。
本当の競合はスマートウォッチかもしれない
独自の見方を加えたい。この時計の相手は、他の高級時計よりもスマートウォッチだろう。スマートウォッチは高機能だが、1〜2日ごとの充電が必要になる。毎日充電する道具に疲れた人にとって、10か月放っておける時計は、機能の少なさではなく手間のなさという価値になる。
高機能を競う時代に、あえて何もしなくてよいことを売る。これは時計に限らず、あらゆる製品の設計に通じる発想である。
ビジネスへの影響
周年商品は「安く広く」届ける設計が効く
スポンサー契約や提携の成果を商品に落とすとき、高額な限定品に走りがちだ。しかし話題が広がるのは、買える人の数が多い商品である。今回の2,200ドル前後という価格は、ブランドに初めて触れる人が背伸びすれば届く水準だ。
自社で周年商品を考える場合も、既存の上得意向けと新規客向けを分けて設計したい。そのうえで、使い続けるほど良さが分かる機能を一つ入れると、購入後の満足と口コミにつながる。
「手間が減る」を金額と時間で語る
電池交換は2〜3年ごとに数千円かかり、10年なら1万円前後になる。金額以上に大きいのは、止まった時計を直しに行く時間と気まずさが消えることだ。手間の削減は、数字に直して見せると説得力が増す。
一方で、時計店には注意点がある。電池交換は小さくとも安定した来店理由だったからだ。この収益が減る分、ベルト交換、防水検査、清掃といった別の来店理由を用意しておく必要がある。保守の手間を減らす製品が広がるほど、売った後の関係づくりが店の収益を左右する。
